B l o g 再再開

 皆さんこんにちは。id:akasyobin です。

昨年12月に、一時中断をお知らせして以来半年ぶりの再開です。

半年のブランクは、高齢者にとって「初心者に戻る」に等しく、

ブログの作成手順すら忘れてしまう有様で、我ながら戸惑いを禁じ得ません。

 

 一時は断念をも考えましたが、このまま止めてしまっては、稚拙な内容にもかかわらず、読者となってくださった方々に申し訳が立たず、再開に踏み切った次第です。

 

 さて、再開するに当たって何から切り出せば良いのやら・・・。

 やはり中断中の私のドキュメントが適当でしょうね。

 

2015・12・8

 奄美空港を飛び立つ。

2016・1・1

 娘の嫁ぎ先本家にて、新年の祝膳を頂く。

2016・1・16、17

 孫、センター試験

2016・2・12

 妻、インフルエンザと診断され、関節の痛みと高熱に襲われ四日間寝込む。

2016・2・25

 孫、大学入試

2016・3・8

 私、京大病院、定期検査

(肝臓に癌の再発が見つかり、入院治療を宣告される)

2016・3・10

 孫、合格(国立滋賀医科大学

2016・3・23

 私、京大病院入院

2016・3・24

 肝動脈化学塞栓術施術

2016・4・1

 退院

(当初検査時で既に見つかっていた別の再発癌の治療を行うに当たって、

 開腹手術か腹腔鏡下手術となる旨の説明を受ける)

2016・4・5

 孫、入学式

2016・4・6~25

 私、島に戻り静養

2016・5・4

 私、京大病院入院

2016・5・11

 腹腔鏡肝部分切除術施術

2016・5・25

 退院、娘の家で静養

2016・6・6

 島に戻る

 

沖縄は、昨日「梅雨」が明けました。奄美も明日には発表があるでしょう。

島は、夏が一番似合います。

島が、活気づくのも夏です。

島の海が、エメラルドに光り輝くのが夏です。

 

しばらくは、島の生活を楽しみます。

 

 

 

 

 

島を離れます

皆さんご無沙汰しています。師走に入り、気忙しい毎日を過ごされている事でしょう

 

9月17日に「八月踊り」の家主(踊り場所)を勤め、翌18日の伊丹便で上京。

 

そのまま滋賀の娘の家に2か月逗留、11月19日一旦島に戻り屋敷周りの清掃・整理

 

と、役場関連・大島病院での検診等々を済ませ、またまた明日(12月8日)上京。

 

何のために?

 

要するに、親ばか・爺じばかでしょう。

 

娘夫婦は共働き、二人の孫は高校3年生と5歳の悪ガキ。

 

娘は看護師として、大津市内の福祉施設に勤めております。

 

娘婿は大手家電メーカーで、エンジニアをしています。

 

孫娘は看護師を目指す受験生で、目下受験戦争の真っただ中におります。

 

長男の悪ガキ、これが問題です。

 

甘やかして育ててきたこともありますが、5歳の男の子何処の子供も

 

同じようにやんちゃだと思います。が・・・。

 

それから、もう一人 いやもう一匹、柴犬がいます。

 

家族の情況は以上です。

 

後期高齢者の二人が行って、何ができるの?

 

そうなんです・・・。でも頑張ってますよ!

 

妻は、炊事・洗濯・掃除・悪ガキの遊び相手etc

 

私は、犬の散歩(朝・夕)と買い物の送迎(運転はできるんですよ)

 

悪ガキの保育園へのお迎え(時には送り)etc

 

共働き夫婦、大学受験生、わんぱく盛りの保育園児、大腸がんを

 

患う老柴犬。

 

親として、動ける限り助けてやりたい。

 

「義を見てせざるは勇無きなり」(少し違うかな?)

 

そんなこんなで出掛けます。

 

受験の成否を見極めるまで・・・。春ですね。

 

ブログを始めたばかりで、再び「開店休業」

 

一日でも早い再開(再会)を願いつつ、やがて訪れる新しい年が

 

平和で幸多き年でありますように。

 

id:akasyobinでした。

 

 

 

 

 

痛かったでしょうね、カメキチさん

二か月間のご無沙汰です。みなさまお変わりなくお過ごしでしょうか?

 

akasyobin は昨日(19日)島に戻ってまいりました。

さすがに南島、さっそく半袖Tシャツにパンツ一丁(失礼)に衣替え。

 

ところで、kame710さん大変でしたね!

buunanomeさん、看病ご苦労様でした。

 

kame710さんが、苦しみながら救急搬送され、病院での処置など時系列

記事を読み、唖然としました。

 

その日 akasyobinは、奇しくも大阪空港ホテルに居りました。

19日の便(AM9:30)に乗るため、いつもの方策です。

 

akasyobinは、枕が変わろうが、ベッドが硬かろうが柔らかかろうが

どこでも熟睡できる人なのです。

 

ところがその日は(18日)寝つきが悪く、ベッドの上で朝まで悶々と

していました。

 

kame710さんが、七転八倒されていたころですね。

「虫の知らせ」と言いますが、これがそうなのでしょうか?

 

kame710さんには、心よりお見舞い申し上げます。

buunanomeさん、看病よろしくお願いいたします。

 

 

 

 

 

 

 

「八月踊り」が始まりました

奄美大島での最大行事「八月踊り」が(アラセツ)の今夜から行われます。

※「八月踊り」の意味については、8月22日付けakasyobinの日記を参照してください。

とにかく、シマ中の老若男女がまさに人が変わったように踊り狂うのです。

今は本土に住まわれているシマ出身者も、この日に合わせて続々と帰ってこられ、旧交を温める姿は微笑ましくもあり、胸が熱くなることもあります。

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ウチジャシの合図でチヂンが響き、男女の唄掛け合いが揃う頃には踊り手も二重三重の輪ができ、徐々に早まるテンポの中で「ハト」(指笛)が啼き、その高音に踊り手の興奮度は最高潮に達する。

 

ウチジャシの「トウザイ」で一曲の踊りは終わり、しばし休憩に入る。

休憩の間には、踊り場所の家主を中心に、担当班全家庭でこしらえたご馳走が振る舞われます。また、踊り場所の家主は「カラカラ」と呼ばれる酒器を携え、一人一人に焼酎を配って回るのです。

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やがて、次の踊りを促すチヂンの音が聞こえてくると2曲目の始まりです。

1場所で3~4曲を踊り、最後は「六調」で締めくくります。

 

「六調」は、これといった決まりはなく、身振り手振りは自由なので誰でも簡単に踊れます。

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ひとしきり踊った後「花の披露」が行はれます。踊り場所に割り当てられた家庭からの寄付金を披露するのです。披露役は主に若者があたり、面白おかしくパフォーマンスを繰り広げその場を盛り上げるのです。

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そして、「おぼこり」を唄いながら次の場所へと移動します。

 

おぼこり(道行き唄)

♪ おぼこれーどぅやよーる

  かーふしゃーァげーェどぅやーよーる

  かーふしゃーァげーェどぅやーよる

  やねぬにーにがなーァし

  あーぶしーあぶしまーくーら

  あーぶーし~~~

 

こんな調子で、都合6日間つづきます。(中3日は休み)

 

お読み頂き有難うございました。

 

私事ですが、いろいろ有りまして暫くの間パソコンから離れます。したがって、ブログもしばらくお休みさせて頂きます。読者の皆様のご健勝を祈念しつつ・・・。

太鼓(チヂン)と三味線

 

みなさんこんにちは。

台風一過の奄美から一筆啓上。

15号台風は、予想に反し奄美本島を西寄りに避けて通り、

ワキャシマもお蔭様で無傷で存在しております。

被害に遭われた本土の方々、心よりお見舞い申し上げます。

さて、今日の話題ですが、前回の「八月踊り」で紹介した「チヂン」と

「三味線」のお話をしましょう。

チヂンです                                  

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奄美の「八月踊り」になくてはならないものです。

太鼓には、大太鼓・ 楽太鼓・締太鼓など沢山の種類があります。

「チヂン」は締太鼓に分類されますが、写真のとおり一風変わっていますね。

そう、太鼓の革を張る部分が特徴的で、本土でよく見かける締太鼓は、

紐の締め付けによって張り具合を調節するのですが、チヂンは張り紐の間に

木製の楔を並べ、それを打ち付けることにより張り具合を調節するのです。

この種の太鼓は奄美独特のもので、しかも奄美本島でのみ使われているという

不思議な太鼓なのです。本島以南の島々では琉球太鼓が主流となっています。

なお、胴の両面に張られている革は、ヤギの皮が使われています。

また、チヂンを打つためのバチは、山に入り適当な木の枝を調達してきて

自分で作ります。

三味線

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本土の三味線と比べ、ひと回り小さくて胴に丸みがあり、何よりも特徴的なのが

胴に張られている「ハブ」皮でしょう。でも今では本物の「ハブ」皮はほとんど

使われなくなりました。本物は耐久性に乏しく長期の使用が難しいことから、

現状は人工皮革が主流となっています。

撥は竹製で、竹ひご状に加工したもので、市販されているものを使ったり

自分好みに自作したりすることもあります。(写真の胴の横に置かれた細い棒)

沖縄から奄美大島南部では、撥の形状も素材もガラッと変わります。

三味線の呼び名ですが、与論島沖永良部島では「サンシン」と沖縄言葉で呼び、

徳之島では「三味線」「サンシン」が混在。奄美本島では「三味線」と呼ぶ人が

多いようです。

来月はいよいよ「八月踊り」の本番です。「六調」に欠かせない「三味線」の

出番です。

シマ中が一番活気ずく「八月踊り」 

皆さんも踊りの輪に入りませんか! 一緒に踊りませんか!

奄美の「八月踊り」

 

みなさん、こんんにちは。id:akasyobin です。

台風15号が、ワキャシマを狙っています。不気味な動きで今後の進路が気になります。

さて今日は、奄美の伝統文化である「八月踊り」を紹介しようと思います。

「八月踊り」の意義は、秋の豊かな収穫を天地の神々とご先祖様に感謝し、シマ(集落)と家々を浄めてその幸福を祈るといった「祭り」としての意義と、春から夏にかけて自らの労苦を慰め、大いに歓楽に興ずるという意図から行われます。

農業形態や生活様式の変化により、現在では後者がもっぱらとなりつつあるようです。

奄美にはたくさんの行事がありますが、ほとんどの行事がが旧暦で行われており、「八月踊り」もその年の暦に対応するため、実施日が毎年変わることになるのです。

踊りは、前半(アラセツ)と後半(シバサシ)とに分けられており、中に3日間の休みを挟んで前半・後半それぞれが3日間踊り続けるのです。

今年の踊りはじめは、新暦の9月16日となり、この日から3日間踊りが続き、3日間の休みを経て9月22日からさらに3日間踊るのです。

「八月踊り」の様式は、それぞれのシマ(集落)によって少しずつ異なりますが、ここでは私のシマの「八月踊り」を紹介します。

踊りに必要なものは「太鼓(チヂン)」だけです。(最後に踊る”六調”では、三味線も使います)

踊りは、男性と女性が向かい合うような形で輪になります。

ウチジャシ役(音頭とり:男性)の唄の合図で、太鼓役(女性)がチヂンを打ち踊りが始まります。最初はゆっくりとしたリズムで次第にテンポも早くなり、男女の唄の掛け合いも最高潮となったところで、ウチジャシ役から「ト~ザ~イ」の掛け声がかかり踊りは終わる。ここで一旦休憩となりご馳走が振る舞われるのです。もちろん「黒糖焼酎」も。

一つの踊り場所でこれを数回(唄が変われば踊りも変わる)繰り返し、次の踊り場所へ移動します。

踊り場所(家庭)は、集落であらかじめ班割りされた中で毎年決められます。

1日の踊り場所は3か所で、踊りの最後に[花の披露」がなされます。これは各家庭から頂いた[祝儀」の公表です。披露役は主に若者が行います。ときには仮装などをして、面白おかしく口上を述べるのです。その姿にシマッチュも見物客も大爆笑の渦に巻き込まれていくのです。

締めくくりはやはり「六調」です。チヂン・三味線の伴奏で唄が謳われ、更にハト(指笛)が吹かれて、踊り手の感情をますます盛り上げて次の踊り場所へ繋がるのです。

私が奄美のこのシマに移住して14年になりますが、まだまだ知らないことが沢山あります。

移住してきたその年に踊り場所に指定され、困惑したことは今でも忘れません。

自称[お祭り男]一日でも早くシマに溶け込もうと、島唄・三味線教室に通い更にチヂンの打ち方まで習いました。シマの公民館で行われる「八月踊り」の練習にも毎回参加しました。そして、ようやく人並みに謳い・踊れるようになった頃から体に変調が現れ、診断の結果パーキンソン病と判り、踊りも三味線も太鼓もすべて中途半端で終わりました。

以上は、私の体験とシマの古老から頂いた知識により記しました。皆様からのご指摘・ご叱責をお待ちしています。

「ブログ」って、こんなに字数を使っていいのかな?

お読みいただき、アリガッサマリョウタ

 

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「八月踊り」のスナップ写真です

 

 

 

id:akasyobin の profile

akasyobinです。

8月5日にブログ開設の挨拶をして以来、2回の記事を書きましたが

プロフィールの抜けていることに気付き、以下に記します。

     profile

ブログ名   akasyobin の 日記

加入の動機  id:kame710さんのブログを読んで

ユーザー名  akasyobin

言 語    日本語

公開範囲   全公開

スタイル   見たまま・感じたまま・気まま

読 者    2人(2015.8.18 現在)

 プロフィールはこんなものです。 さて、次は何から話していいのやら・・・。

とりあえず、akasyobin の命名理由からでも話の糸口を見つけましょうか。

私の住まいは、奄美大島(大島本島)です。アカショウビンは、カワセミ・ヤマセミの仲間ですが、アカショウビンだけが渡り鳥だそうです。彼らは今この島で子育ての最中です。早朝や黄昏どきには庭先まで下りてきて、独特の啼き声(キュロロロロ~)でさえずります。でも、なかなか姿を見せてくれません。14年間この島で暮らしていますが、目の前で姿を見たのはたった2回です。何とか写真に収めようと常にカメラを携え、声の主を追い求める毎日ですが、コンパクトデジタルカメラでは「無理かな?」と最近思い始めました。

「声はすれども姿は見えず」私にとって  ”幻” の鳥です。あの、もの哀しげな啼き声、真っ赤な嘴、他の鳥に見られない首や体の動き等々、全てが私を惹きつけるのです。以上が命名の理由です。

奄美の sunrise と sunset  (写真投稿の練習として貼り付けました)

f:id:akasyobin:20150818115341j:plain リビングデッキから撮影(太平洋側) 

f:id:akasyobin:20150819155837j:plain 大浜海岸(東シナ海)の落日

 

写真の挿入要領が、いまいち理解できていないことから、記事の作成に時間ばかり費やし疲れましたので、今日はこの辺で終わります。 お読み頂き有難うございました。(アリガッサマリョウタ)